育休

先日子供が産まれて2ヶ月の育休を取っている。若干の寝不足であること以外は平和な日々をおくっている。

子が家に来てから幸いなことに2, 3日でオペに慣れることができた。それから1週間くらいでリズムにも慣れて空いている時間に自分も妻もそれぞれ好きなことができるようになった。

朝に子の世話をしたあと植物に水をやって珈琲を入れて一服。昼メシを作る。メシを食う。天気の良い日はベビーカーに乗せて近所に散歩にいく。空いた時間にコード書いたり本を読んだりして子が起きたらまたミルクをやったりおむつを換えたりする。夕方には近所にランニングしにいったりして帰ってきたら沐浴して自分も風呂に入って晩メシを作る。メシを食ったらノンアルコールビールで一服して、子が起きるまでまた好きなことをやる。夜中に泣いたらミルクをやっておむつを換えて朝になる。最近では子も徐々に地球のリズムに慣れてきているのか、寝る時間が安定しつつある。

こんな生活をしていると不思議ともうこれでいいんじゃねーかな?という気分になってくる。いっそのこと1年育休をとり、その後も資産を食い潰してこんな生活を続けてもいいのではないかと。よくわからないが悟ってしまったような感覚になっている。子の変化を見守りつつ変化のない日々を送るのも悪くない。

しかし現実はそうはいかない。育休はそもそも現職に復帰前提という制度である。終わったら働き始める。今後はなるべく子のための金も作らなければならない。資産は増やさなければならない。以前は好きで仕事をしていたし、サラリーマンである以上人生の5/7は仕事なのでやりたくない仕事はすべきではないという価値観だった。しかし今は家族のために稼がなければならない。おそらくは我慢をしてでも。

妻も自分も晩婚なのだが、若い頃に散々遊んどいて良かったよね、と笑いながら話すことがある。海外旅行行ったり食いたいもん食って飲みたい酒を飲んである程度やりたいことやって、つきあってからは今度は二人でそれをやって。世間はコロナで大変だが外にすら出ることが憚られる今だからこそ子育てはちょうど良いタイミングなのかもしれない。ほとんどを家の中で過ごさざるを得ない今、むしろ子育てに集中できる。

育休があけたらまた生活が変わる。変わらざるを得ないんだが、そうなってからもこの感覚は続くだろうか。

書いていてポエムっぽくて恥ずかしくなってきたので、最後は俺が好きな中国詩、李白の月下独酌で締めをば…

花間一壷の酒
独り酌んで相親しむもの無し
杯を挙げて名月を迎え
影に対して三人と成る
月既に飲を解せず
影徒いたづらに我が身に随う
暫く月と影とを伴い
行楽須らく春に及ぶべし
我歌えば月徘徊し
我舞えば影零乱す
醒むる時ともに交歓し
酔うて後は各々分散す
永く無情の遊を結び
相期す遥かなる雲漢に

月下独酌 李白
花の咲き乱れるところ徳利の酒を持ち出す
相伴してくれる者もいない

杯を挙げて名月を酒の相手として招く
月と私と私の影、これで仲間が三人となる

だが月は何しろ酒を飲むことができない
影はひたすら私の身に随うばかりだ

ともかくこの春の間
しばらく月と影と一緒に楽しもう

私が歌えば月は歩き
私が舞えば影はゆらめく

しらふの時は一緒に楽しみ
酔った後はそれぞれ別れていく

月と影、この無情の者と永く親しく交わり
遥かな天の川での再会を約束する

月下独酌 李白

そろそろ酒は飲みてぇな…。

おわり


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