伊豆の踊子 - カンムアドベントカレンダー2020

これはカンムアドベントカレンダーです。昨日は CFO d_ito による GASとビットコインと私の2020年 でした。日常的に小説を読むことがなくなってしまったんだが、そういえば読んだことないな、と思ってなんとなく伊豆の踊子を買った。読んだ。 文庫本だと40ページ程度の短編小説なのだが、小説を読むのが久々というのと、当時使われていた言葉(※)や時代背景を汲みながら読む必要があってちょっと時間がかかった。かなり時間がかかった。また内容も登場人物の心理描写や説明はほとんど省かれており個人的にかなり難解であった。

※ 「私は一人で活動に行った」とか。活動ってなんだ?と調べたらここでいう活動というのは活動写真、つまり映画のことらしい。

以下、ネタバレを含みます。

物語

主な登場人物は下記の通り。「私」以外が芸人一行でそのうちの一人、薫がくだんの踊子である。「私」は19歳のときに伊豆を旅した川端康成自身と思われる。

孤児根性をこじらせた「私」は伊豆に旅に出た。道中、2度芸人たちを見かけて興味をもつ。3度目、峠で踊子含む芸人たちと出会う。話しかける勇気が出なかったが、芸人の男、栄吉が話しかけてくれた。「私」は下田まで一緒に旅をしたいと告げて快諾された。

宿に泊まったおり、芸人たちは料理屋の座敷に呼ばれているようだった。「私」は聞き耳をたてて酒宴と馬鹿騒ぎの音を聞いていた。馬鹿騒ぎがふと終わり静けさが訪れた。闇の中「私」は踊子が汚されてしまうのではないかと気が気でならなかった。後日、踊子はまだ子供であることを知り「私」の頭のもやは晴れた。栄吉から芸人のうちの一人が妻で名は千代子であること、子を2度亡くしていること、大島から来ているが出身は甲府であること、四十女は千代子の母であるがそれとは別に子を甲府に残していること、そして踊子は妹で名は薫といい、年は14であることを聞かされる。落ちぶれた身であること、妹にはこんなことはさせたくなかったという話もする。

旅の合間時間「私」は踊子と五目並べをしたり本の読み聞かせをする。彼らは死んだ子供の話をする。四十女が薫の世話を焼く姿を見る。交流を通して彼らの旅は「私」が思っているより世知辛いものではないことに気づく。「私」と芸人たちはいつのまにか大島の彼らの家に行くことになっているくらい打ち解けていた。

下田に向かう道中、大島が見える。薫に大島での生活を尋ねたが、薫は甲府の話をした。甲府の友達の話のようだった。薫は思い出すままにその話をした。栄吉と歩いていると、うしろから「いい人ね」という女たちの声が聞こえる。どうやら「私」のことのようだった。「私」はいい人という響きにありがたさを覚えた。

下田につく。「私」は旅費が足りないことを理由に明日東京に帰ると告げた。その日「私」は活動に誘う。しかし四十女の許可がおりなかった。薫はふてくされていた。「私」は一人で活動に行ったがすぐに宿に帰った。薄暗い夜の街を眺めた。遠くから太鼓の音が聞こえる気がして、涙がこぼれた。

出立の朝、栄吉が送りに来てくれた。乗船場につくと薫の姿もあった。「私」が薫に話しかけていると、土方風の男が近づいて来て、3人の子供を抱えた老婆を東京まで連れて行ってくれないか?と頼んできた。子供の親はスペイン風邪で死んだようだった。「私」は快諾した。薫との別れ、さよならを言おうとしたが、一ぺんだけ、ただうなずいて見せた。

船の中「私」は泣いた。「私」は何も考えていなかった。ただ清々しい満足の中に静かに眠っているようだった。泣いているとそばにいた少年が親切にしてくれた。私はどんなに親切にされても、それをたいへん自然に受け入れられるような美しい空虚な気持になった。

大正時代あたり

流行性感冒(スペイン風邪)が登場するのを見て大正7-10年頃だと思われる。1918-1921、ちょうど100年くらい前かそれ以降のようだ。

芸人は下賤なもの

河原乞食という言葉があるが、この舞台となっている時代でも芸人はある種の差別を受けていた存在であると思われる。峠の宿の老婆に「あんな者」と言われている。宿のおかみさんにも「あんな者」と言われている。ところどころの村に「物乞い旅芸人村に入るるべからず」という立札が立っている。

恋愛小説というみかた

読む前は主人公と踊子の恋、というような恋愛小説かな、と思っていた。捉え方によってはそうかもしれないが恋愛小説ではないように思える。

「私」の視点

「私」の視点に立つと「私」は最初は踊子を女として見ているように思える。

踊り子は十七くらいに見えた。私にはわからない古風の不思議な形に大きく髪を結っていた。
それが卵形の凛々しい顔を非常に小さく見せながらも、美しく調和していた。髪を豊かに誇張して描いた、稗史的な娘の絵姿のような感じだった。

とある。見てくれが美化されていて何か神々しい美しさを表現したようにも見えるが年下の可愛い女の子と思っていたのだろう。さらに峠の茶屋の老婆との会話、

彼等を送り出して来た婆さんに聞いた。
「あの芸人は今夜どこで泊るんでしょう」
「あんな者、どこで泊るやら分るものでございますか、旦那様。お客があればあり次第どこにだって泊るんでございますよ。今夜の宿のあてなんぞございますものか」
甚だしい軽蔑を含んだ婆さんの言葉が、それならば、踊子を今夜は私の部屋に泊らせるのだ、と思った程私を煽り立てた。

旅芸人たちへの侮蔑に対して、だったら踊子を自分の部屋に泊まらせろという心の中の返し。守るというよりはワンチャン狙いと思われる。

料理屋での宴会での乱痴気騒ぎで薫が汚されるのではないかと気が気でなかったが、後日、思ったより子供であることがわかり、また年も14歳であることもわかる。このときから「私」が薫を見る目は女から愛おしい何かに変わっていったと思われる。五目並べをする、本を読み聞かせるなど子と遊ぶ親や妹と遊ぶ兄のように接する。

別れの場面では「皆はまだ寝ているのか?」と「私」は「いろいろ話しかけ」、薫はこくりこくりとうなずくだけなのだが、描写的にはどうしちゃったの〜?というむくれた子供に何かしゃべるように促しているように見える。恋心を持った相手に対する接し方とは異なると感じる。

最後船で泣いている場面、薫のことを思って泣いているのかもしれないが、

「私」は何も考えていなかった。ただ清々しい満足の中に静かに眠っているようだった。

このあたりを読むと、ようわからんけどいろいろ(たぶん旅に)満足しちゃってるようにも見える…。薫に特別な感情を抱いていたらこのような気持ちにはならないだろう。

踊子の視点

薫の視点に立ってみる。薫は「私」との対話で何度か赤面する。出会った直後、大島から来ていて、「夏は学生がよく泳ぎにくる」「冬でも…(来てください)」というとき。(来てくださいは俺が勝手に補間した)。「私」に茶を運ぶとき赤面して手を震わせて茶をこぼしかけてしまったとき。五目並べをやっていてふと「私」の体に触れてしまったとき。

出会って直後で一目惚れ、というセンもあるが、どちらかというと思春期の少女が突然現れた年上の男とふれあうことによる恥ずかしさのようなものではないかと思う。

また、「私」と一緒に活動に行く許可が下りずにふてくされる場面がある。過保護な四十女に自由を制限されたゆえの感情か、好意をもった男と一緒に活動に行くことができない感情か。

最後、別れの場面では「私」が話しかけても踊子は何も発さず、ただただ肯くだけであった。この感情をどう捉えるか?別れが悲しくなるほど楽しかったのか、ここで恋心が芽生えたのか。それをうまく気持ちを伝えることのできない未熟さか。

踊子の視点だと恋心を抱いていたと捉えることもできる気がする。 しかしこれは川端康成の実体験にもとづく小説であり、実際に出会った人物について「あいつは俺に惚れていた」みたいなものを表現しているとも思えない。ここは踊子は、複雑な感情を見せた、以上のものはないだろう。もちろん好意はあったのは明らかだが。

孤児根性からの脱却というみかた

おそらくは孤児根性とやらがこの物語の根底にあると思われる。

二十歳の私は自分の性質が孤児根性で歪んでいると厳しい反省を重ね、その息苦しい憂鬱に耐えきれないで伊豆の旅に出て来ているのだった。

と、この旅の発端が孤児根性であることは文中に明記されている。孤児根性を視点に雑にまとめると、

という話だと思う。では孤児根性とはなんなのか?孤児であるがゆえに根付いた鬱屈とした性格、孤児であることに起因しているコンプレックスか?と思うのだが、正直わからないので、ググった。

https://www.ne.jp/asahi/kokoro/odoriko/odori-cont/kawaba.htm

氏のいう「孤児根性」とは、世間一般ですぐに想像される「性格上のひねくれや陰気さ」ではなくいようです。
氏は悲しみ方を知らない幼年時代から数多くの「身内の死(血縁の強い人たちから)」に接し、彼独特の「生死観」を抱くようになります。
氏の初期の小説に『葬式の名人』があり、その中で
「・・・・・・生前私に縁遠い人の葬式であればあるだけ、私は自分の記憶と連れ立って墓場に行き、記憶にむかって合掌しながら焼香するような気持ちになる。だから少年の私が見も知らぬ人の葬式にその場にふさわしい表情をしていたにしてもいつわりでなく、身に負うている寂しさの機を得ての表われである。」
この「身に負うている寂しさ」が、言わば「孤児の感情」なのです。それは後々までも、氏の文学の一つの根となっています。

うーむ、わからん…。とにかく…川端康成の幼少期のできごとが関連した何かである…。

であればこの物語の主題が「伊豆の踊子」なのはなぜなのか?それはおそらく「私」の心情の変化の多くが薫を通して起きているからかもしれない。孤児である自分が芸人と旅を共にすることによって、その家族の一員のような立場になり家族体験を通して「いい人」と呼ばれ、ある種の自意識からの解放が得られたと思われる。

最後に老婆と3人の子供、孤児が現れるのも孤児の気持ちのようなものが物語に関係しているのかと思ったりしている。

ただの旅情というみかた

説明が極端にないタイプの小説で捉え方次第ではどうとでもなるのが伊豆の踊子だと思った。なので、小難しい考察はいったんおいといて深い意味はない単なる日記小説という見方もできる。まあそうかもしれない。単純に日本語の表現だけ見ていても味があってなんとも言えない気分になる。こういう見方でもいいかもしれない。

別れ

最後、「私」と芸人一行は下田の港で別れる。栄吉、そして薫が見送りに来ていた。

船乗場に近づくと、海際にうずくまっている踊子の姿が私の胸に飛び込んだ。傍に行くまで彼女はじっとしていた。
黙って頭を下げた。昨夜のままの化粧が私を一層感情的にした。眦の紅が怒っているかのような顔に幼い凛々しさを与えていた。
はしけはひどく揺れた。踊子ははやり唇をきっと閉じたまま一方を見つめていた。
私が縄梯子に捉まろうとして振り返ったとき、さよならを言おうとしたが、それも止して、もう一ぺんただうなずいて見せた。

美しい場面である。どっちが良い悪いを言いたいわけではないが現代であったらSNSアカウントを交換してインターネットでいつでも会えるでしょう。しかしながらこの時代、出会いは一期一会である。最後までさよならを言わなかったのは、大島に来てくれることを期待してのことだろうか。しかしおそらく「私」と薫はこれが今生の別れになるのでしょう。

おわり


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